公衆衛生:エピデミック

川端裕人 角川書店 2007(文庫2009年)
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この小説が特に知られるようになったのは、2009年のH1N1インフルエンザによる騒動のあたりからでしょう。それ以前に著された作品であるにも関わらず、感染者やそれに近しい関係にある人々への差別、感染発覚を恐れるための受診控え、マスクの不足などなど、原因や病態が定かでない疾患が発生した場合に起こりうるであろう事態を、作中にて見事に描き出しています。そうした予見性から有名になった本書ですが、必ずしもインフルエンザパニックだけに焦点をあてているわけではありません。

未知の感染症が発生したときに、いかにしてその疾患を定義し、原因や感染経路を探り、その感染を生む“元栓”を閉めるのか。それには病原体も生態系の一部として眺める必要があり、感染症というものに対抗する際の獣医学の意義が、獣医師である準主役の疫学フィールドワーカーの存在を通じ、作品全体から伝わってきます。また、それと同時に、学術的な概念やその必要性、用途などについても平易な言葉で盛り込まれ、わかりやすく理解できるようになっており、獣医学に従事する者が読んでおくべき疫学の入門書とも言えます。

いろいろな伏線をつなぎ合わせるためか、不意に主語が替わり、その把握に困難を覚える点もありますが、小説としても十分に楽しみながら読めるでしょう。(kimu)

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